小池OM卒業記念移動運用記

99/07/30

JF1RWZ  岡村 潤一

第一章 職場訪問の巻

 JA1ZI小池OMが会社卒業式をこの6月に迎えられるとの事で「卒業される前に一度職場訪問をさせて頂きます」との約束を果たすべく4月12日小池さんの会社を訪問した。
 応接室の窓からは、道路を隔てて府中工場南面の桜並木が見える。

昨日の風雨で半分以上散ってしまい若葉が目立っていたが、工場の花見大会はさぞ賑わったことであろう。
 「ここは無線室にもなるんですヨ」とカーペットをめくると同軸ケーブルが配線されており、雷対策であろう緑色の線でアースに接続されていた。ウインドムアンテナとGPが3階建ての屋上に上がっているとの事である。

 小池さんが開局されたのは昭和33年(1958年)6月との事で今年で41周年との事。当時は3.5Mと7M(当然AM)が中心でやっと6mに出る人が出てきた時代、6mは今の2.4Gゃ5.6Gの状態だったそうだ。

 再開局後の小池さんの活動は凄いですね。最近も色んな移動場所でパイルになっていますネとの話題から、思い出に残る霞ケ浦町移動の話を頂いた。

小池さんの思い出談 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 茨城県の出島村が霞ケ浦町に昇格及び呼称変更し丁度一週間後、朝5時に目を覚まし空を見上げたら何とか持ちそうな天気であった。
よし行くぞと決心し車を飛ばし、途中2mでYVT朝のミーティングメンバーにブレークしたが取ってもらえずそのまま走った。

 店が2軒しかないと聞いていたので弁当と飲み物を買って、腹ごしらえと用足しをしてからCQを出した。(ここらの準備周到、心構えが凄い)

 ワーンと物凄いパイルとなり、始めてエリア指定をしたヨ!

 0エリアから始めて9エリアまで行き、「それでは皆さんどうぞ」と言ったらなぜ0エリア指定をしないのかと文句を言われた。0から始めたのだが、途中から参加し、待っていた局は当然0が最後に回って来るだろうと思って待っていたのであろう。

(教訓:エリア指定は1から始めて0で終わるようにしましょう)普段は呼んで来ない人も呼んで来て7時間呼ばれっぱなしであった。

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 「せっかく来たのだからちょっと寄って行こうヨ」とのお誘いを頂き、会社クラブのメンバー7L3KJV星川さん、JL1OVB国原さんにも急遽加って頂き、ちょいと一杯となった。

c1 国原さんは移動の話が楽しい。群馬移動の時のドロボーを追いかけているお巡りさんの話とか、数々の移動運用の楽しい話を聞かせて頂き、小池OMの霞ケ浦の移動の思い出で話しでまた盛り上がった。

 星川さんとは北大東島に移動されたに時お相手頂いていたが、グランドでお会いするのは始めてだ。HF・DXをやっておられサイクル23の話やCWの話で盛り上がった。

小池OMの卒業を記念して5月末に静岡県田方郡への移動運用が企画されているが、盛大に盛り上がろうと約束して皆さんと別れた。

第二章 国原さんからのメールの巻

 年度が代わりJA1YVTの総会が行われ、新しくJR1RJQ大江さんが会長、国原さんが理事となられた。国原さんからは前にも増して電子メールによる情報が飛んでくるようになった。

 ある時は会社のメールへ、ある時は自宅へ電子メールが飛んでくる。

 今回の移動運用計画も国原さんとJA1CKE星野OMの電子メールのネットワークにて情報が発信された。

国原さんより、各局の行動予定ではなく予想、が発表された。各局の行動パターンが過去の行動から読まれていたが、その中に7L3ATQ岡本さん(国原が同行します)として・・・ひ★み★つ と記されていた。

あのいつもの移動コンビはこんどは何処へいくのだろう。何か奇抜なアイディアを考えているらしい・・・。

 宿は静岡県田方郡韮山町にある保養所狩野川荘であり、静岡県の地図を大きく開いて移動運用場所を検討した。伊豆スカイラインがありVUでは良さそうな所が沢山ありそうだ。移動運用の醍醐味はやはりパイルアップである。なるべくなら珍しい場所へ行って運用したい。地図をみながら移動先を検討するのも楽しみの一つだ。 戸田村(へた村と読む)あたりが良さそうだナーと考えていた。大開きの地図には前回移動に行った伊豆大島も写っていた。今年の2月に皆で移c2動に行った楽しかった思い出が過ぎる。

 あっ!ひょっとして岡本、国原コンビは伊豆大島経由で田方郡へ入る事を考えているのではないだろうか。会社を終わって駆けつければ大島行きの夜行船には乗れるし午前中運用して昼すぎの船に乗れれば熱海か伊東までは近い。松本清張の点と線の世界で今回の移動計画を考えている岡本さん、国原さんの楽しそうな顔が目に浮ぶ。

 

 

第三章 友達の友達は友達の巻

 7K2XEA植田さんは移動運用にアクティブに活動されている方であり、国原さんや星野さんと友達でよく電子メールで情報交換をされていた。

 電子メールの交換では一対一でメールのやり取りをするついでに関係者にその写しを簡単に送る事ができる。
 国原さんがメールの写しを送ってくれたおかげて、植田さんは熊本県荒尾の出身との事が分かり、また将来は熊本から移動サービスをやりたいとの希望を持っておられる事も分かった。

 丁度松橋町運用記を書き上げた所だったのでQSO頂いた方とご支援、激励を頂いた方々に感謝の気持ちを込めてお送りしたが、植田さんからは紀行文のお礼と6月に計画している熊本移動運用の激励を頂いた。また小池さんの卒業記念運用では「戸田村から韮山へ行かれるとき時間があれば土肥町(とい町と読む)からのQRVをお願い」とのメールを頂いた。

 これで私の移動計画が決まった。

JF1RWZ岡村は29日に静岡県田方郡戸田村および土肥町からQRVの予定とした。
JA1CKE星野OMは、静岡県賀茂郡西伊豆町、引き続き賀茂村よりQRV。
7K3DIV小池さんは静岡県駿東郡清水町および長泉町からQRVの予定とのメールが星野OMから発信された。

第四章 戸田村への巻

 私の住んでいる埼玉県北葛飾郡庄和町から伊豆までは約200kmの行程だが途中難関の首都高速道路を通過する必要がある。首都高速へは主要幹線高速道路から多量な車が流れ込み早朝から大渋滞が始まるのでなるべく早起きして首都高速を通過する必要があった。

 目覚ましをセットした時間は午前2時であったが目が覚めたのは午前1時、子供の遠足と同じで楽しい行事の時は目が覚めるのが早い。

 支度をして午前2時に自宅を出発した。モービル無線機にて7Mをワッチしながらまずは常磐高速の柏インターへ向かう。2時20分柏インターを通過し2時30分苦手の首都高に入る、途中1車線になる渋滞の名所があるが難なく通り過ぎた。2時40分銀座を通過、3時には用賀を通過、いよいよ東名高速だ順調である。

c3 ここまでくれば一安心、サービスエリアに寄って一服しモービル機の周波数をHFから2mへ切り替えた。クラブのミーティングの周波数にセットし「YVTメンバー聞いてませんかー」と呼びかけたが誰からも応答はなかった。そのはずである時間ば午前3時30分、まだ皆んなは布団の中だろう。

 沼津に向けて東名高速を快適に走行していた。あれれれ!道路標識に左回りと右回りの矢印の案内がある。どちらも東名高速本線らしい。もう一度標識が出てきて確認したがどちらを通っても沼津には行けそうだ、では皆が行くほうを通ろうと車の流れに身を任せていたら左回りへ入ることになった。慌てないように道路地図を新しくしておこう!

 東名高速沼津インターを降りたのは4時。国道一号線を三島まで戻り136号線に右折するころには薄らと夜が明けてきて、コンビニの配達車が通る程度で道路は閑散としていた。道路標識に「植樹祭開催中混雑注意」と書かれている。後で考えるとこの為に我々の移動運用は悩まされる事になった。

 コンビニに寄り弁当とお茶を買い、函南町、今夜泊まる予定の韮山町を通過、大仁町を中国の掛軸に出てくる湯飲み茶碗を伏せたような山を見ながら通過、修善寺町に入り、目的地戸田村へ向かうために右折した。地図では細い道が書かれているが走りやすい道路だ。標高800mまで登る道路である。おおっ!いきなり

雲の上に浮ぶ大きな富士山が見えた。「夕映えと山海の里 戸田村」と書かれた戸田峠に到着したのは午前5時10分だった。

第五章 ピンクのテーブルクロスの巻 

 戸田峠を少し戸田村側へ降りたところに広い駐車場があった。左右は山だが西方面へ扇形に視界が開けている。駿河湾が広がりその先の陸地は静岡市と思われる。眼下には戸田村の民家が見ていた。

 さっそく運用の準備をはじめた。リグは何時ものic706MK2とAH4を利用したロングワイヤーを張った。まず「ふみたてくん」を車の前輪で踏み付け4.5mのアルミポールと約2.5m釣竿を延長し7mの高さを確保しロングワイヤーは24m長とした。

c4車の横に折畳式のテーブルと椅子をセットし真ん中にパラソルを立てる。赤青黄色の派手で目立つパラソルであるが、この方が回りの警戒心は薄れるようだ。

今回の移動用に妻からプレゼントで貰ったビニール製のピンクのテーブルクロスを掛けて準備完了だ。

丁度良い大きさだ、ありがとう。


第六章 CQこちらは戸田村移動の巻

 5時49分7.063にてCQを出した。JO2TWM金丸さんとこの日の最初のQSOだ、5局目に「こちらはJG6XSG」別府の村上さんだ、松橋町運用記に書いた「フランス料理の人」である。6月の移動予定の話をしたかったがパイルになっていたので村上さんが気を利かしてあとはメールでと早々に引っ込まれた。

 8局目に呼んで頂いたのがJS1OJY横浜の鈴木さんだATACメンバーであり7月の総会でのアイボールを約束した。

 6時47分こちらは7K2XEA植田さんだ、植田さんから「頑張って下さい」と激励の言葉を頂き、此方からは戸田村が終わったら予定通り土肥町へ回る旨連絡した。

 7時05分JG1BIL菊地さんが声をかけてくれた。本社に無線クラブがないので一緒に作ろうよ、と設立準備委員会を作っている本社の仲間だ。何時もはVU帯をメインに出ておられるが今回の移動計画を知って朝から7Mをワッチして頂いていた。ありがとう菊地さん。

 しばらくは快適に呼ばれ続けたが7時50分を過ぎた頃から誰も呼んで来なくなった。CQの空振りが続く。変だなーと思いながらCQを出し続けたがコンデションが変化したようだ。

 21Mを聞いてみると近距離Eスポが出ていた。強烈なEスポにより7Mに影響が出ているようだ。7Mでは近距離でも深いQSBが出ている。ある時はワッと呼ばれても1局交信して次の方を待っても誰も呼んで来ないケースが何度かあった。

 7Mを諦め18MでCQを出すと7,0エリアから呼ばれた。

c5

 9時になり再度7Mへ戻るとJA1CKE星野OMが7.066にて聞こえた、星野さんからは「いやーまいったよ、天皇陛下が来られるとの事で途中3回も検問に合って到着がおくれたヨ」との事である。来る途中にあった看板「植樹祭のため混雑注意」は天皇陛下が来られる旨の注意書だったのだ。

星野さんと一緒のJP1LKG木村さんともレポートも交換し、西伊豆町移動サービスを開始された事を確認した。

 星野OMの周波数に影響のでないところまで周波数を下げ7.058でCQを出していると、9時24分「こちらは7K3DIV」今回の主役の小池さんだ。(小池さんは固定と移動でコールサインが異なる)今、駿東郡長泉町よりとのことであり、到着されたばかりとの事であった。7.058を使って頂く事とし、私はしばらく小池さんのサービスをワッチする事にした。

7Mの状況は相変わらず良くない。20分ほどサービスされていたが、約束のサービスが出来たので次の場所へ写るとの事。9時45分より再度CQを出し始めた。1局交信してはCQを出すと言う状況が続く。

第七章 「ここはだめだ」の巻

 10時を少し回った頃JG1BIL菊池さんが再度声を掛けてくれて各局の状況を伝えてくれた。「国原さんと6mで交信しましたよ大島移動でした」そうかやっぱり大島だったか! 推理が当たった事に気をよくした。この場所での交信を62局で打ち切り、10時になったので私も場所替えをする事にした。

 次の場所は土肥町である西伊豆スカイラインに乗り南下していったが目的の駐車場を見逃してしまい料金所へ着いてしまった。いきなり料金所の前でUターンするのもばつが悪いので、料金所の人へ道を聞き、行きすぎた事を確認しUターンの許可を貰ってUターンした。

 目的の場所太平洋展望台へ着いた。売店があり広い駐車場があり、西側は駿河湾が一望に見渡せ、東側には伊豆の山々が見える。

 観光客に迷惑にならないように、人の来ない所へ陣取りテープルを出して準備を開始した。アンテナを設営していると「道路公団の者だけと」と名乗り「何をしているのですか」と問われた「無線をやります」と返事すると今日は天皇陛下が来られているので警戒しているとの事。「後始末をキチンとして帰るよう」と言い残しどこかへ去って行った。

 設営を完了し、コーヒーが飲みたくなったので売店へ行った。ついでに売店のおばんへ「ここで無線をやらせて下さい」とお願いしたらおばさんからはあいそよく「イイデスヨー」と返事くれた、がそれを聞きつけてそこの主人が出てきて「だめだだめだ、今日はだめだすぐ片付けてどこかへ行ってくれ」とけんもほろろにまくし立てられた。設営場所に戻り、せっかく準備したのだがどうしようかと悩んだ。このまま無視して続けようかとも考えたが、丁度星野OMが次の移動場所で出ておられたのでお声掛けし、当方の状況を説明し相談した。

 星野OMからは「もめ事は起こさない方が良いヨ」とのアドバイスを頂き、再度場所を変る事にした。

山の反対側に空き地があった。駐車場として整備はされていないが誰もいない場所である。此処なら誰にも文句は言われないはずだ。

「CQこちらは土肥町移動JF1RWZ」、CQを出せたのは戸田村を終了後1時間半後の11時38分となってしまった。CQを出し始めて3局目に植田さんからお声掛け頂き、約束が果たせたのでホットした。 

この場所で40局と交信し14時を過ぎたので撤収し景色を見ながらゆっくりと宿へ戻る事にした。

 西伊豆スカイラインを戻る途中で東方面へ開けた場所があったので車を止めた。

c6

技術実験班は伊豆スカイラインにいるはずだ、2mのYVTミーティングの周波数をワッチしたらJH1MKU早武さんの声が聞こえた。「こちらには色んな面白いアンテナがあるヨ」との事。「そちらへ行きたいのですが今日はもう時間がないので明日見せて下さい」とお願いし「宿で会いましょう」とファイナルを送った。その後同じ技術実験班のJR1MXX高橋さんと交信し、宿に向かって車を走らせた。

少し行くと2台のワゴンが止まっておりアンテナが立っていた。数名の若人がいたので「ZUCの方ですか」と声をかけると「そうです」との事。しばしアイボールし宿へ向かった。

第八章 アンプTの巻

 17時過ぎに保養所に到着したが、既に小池さん星野さん木村さんは到着し浴衣姿だ7Mの状況が悪く早めに引き上げられたとの事である。

「今日の7Mはだめだったネ」と話していると小池さんが来てアンテナを張りたいので手伝ってくれとの事。風呂は後回しにしてアンテナ設営に取りかかった。ケーブルが届かないとか、エレメントの長さがどうのとか時間がかかったが何とか設営を完了し、星野さんがCWにて試験電波発信を開始したのを見届けて、やれやれでは風呂にでも行くかと部屋へタオルを取りに向かったが、なんか変だ!廊下のスピーカーからクリック音がトトトツー、、、、やばい!アンプTだ。無線室となっている部屋へ急いで引き返しインターフェア発生を報告。苦労してアンテナを張ったがHFの運用は諦める事になってしまった。

第九章 宴会の巻 

 小池OM卒業記念の宴会は午後6時に始まった。
小池さんは今年で60才会社生活40年との事。本当にご苦労様でした。

 ZUCクラブ会長酒井さんの挨拶に続き、YVTクラブ会長大江さんの挨拶があり、次回ATAC総会でお世話になるJI1YUCの会長JK1TRC山口さんの音頭で乾杯をした。

c7 YVTに比べてZUCのメンバーは平均年齢が若い。若いメンパーに囲まれて飲んでおられる小池さんの笑顔が素晴らしい。

 宴会が終わり部屋へ帰ると木村さんが呼びに来た。カラオケをやろうとの事である。

先客がおりマイクが回って来ないのでYVTチームのパワーを増強したいとの事!。それならとカラオケルームへ行くと、なるほど部屋の片隅に2組の中年夫婦が陣取りマイクを離さない。私も「帰って来いよ」を津軽三味線の音頭で声を張り上げたが、2組の夫婦対YVT、ZUC連合組は最後まで互角の勝負であった。 

第十章 滝知山の巻

 二日目、保養所の前で記念撮影をしZUCは富士山5合目へ向けて、ZIさんは単独で、残りのYVTメンバーは熱海市滝知山へ行くことにした。

 途中弁当の買い出しとガソリンを補給し目的の滝知山(海抜約670M)へは10時前に到着。
360度展開の大パノラマだ、富士山が見える、太平洋が見え眼下には熱海市が見えている。
 星野さんもこの場所が気に入り此処でやるとの事。広い駐車場で各自思い思いにアンテナを張って運用を開始した。

 私と国原さんが設営した派手なパラソルのキャンプから100mくらい離れたところで星野OM木村さん組が陣取り7MでCQを開始、昨日と違って調子は良さそうだ。
 星野さんが車の中で此方を見て何か叫んでいる。「かぶりはないか」と言っておられた様な気がしたので問題ないよと手で○を作りサインを送った。
 後で聞いてみたところJQ2PYB吉田さんが呼んできて岡村さんはいないかとの事。松橋運用でお会いしメールを頂いていた豊野村出身の吉田さんだ。
私の移動予定メールを見て探してもらったようだ、交信出来なくてごめんなさい。

 私は10MのCWで暫く運用していたがあまり呼ばれないので各グループの運用をポケットカメラを片手に視察に回った。

まずはJA1CKE星野さんとJP1LKG木村さん組だ大型セダンの後部座席で運用をされている。近くで発発が回っていた。「調子はどうですか?」
「絶好調だヨ!」明るい声が帰ってきた。
星野OMは7Mの悪コンデションの中、2日間の合計が300局との事さすがである。

JK1TRC山口さんは6mの5エレでRV車からオンエアーされていた。
「調子はどうですか」「呼ばれているよ!」こちらも良さそうだ。
RV社の後部スペアタイヤ保持機構を利用したポール支持と5エレ八木アンテナは頑丈そうである

 JR1MXX高橋さんは大きなアンテナをいじっておられた。
高橋さんと言えばアストラルプレーンである。始めてみる大きなアストラルプレーンがあったが、6m用との事である。

 JR1RJQ大江さんはハーフサイズのG5RVで18MでQSOされていた。
フィダーは梯子フィダーにしたかったが時間の関係で300ΩのTVフィーダになったとの事、私が2時に家を出発した話しをしたらその時間にはまだこのアンテナを制作中であったとの事。新品トランシーバのFT100も調子が良さそうだ。

c8 JL1OVB国原さんは 430ハンディ片手に小高い丘に登り3エレのHB9CVを片手にQRP運用されていた。QRPでもかなり遠くと出来ていた様子だ。

 各自思い思いのスタイルで運用を楽しむみ引き上げの時間となった。
 早武さんの車を先頭に各車並んでのお帰りモービル運用も楽しい。一足先に帰路についた岡本さんチームから生の交通情報が入り早武さんの判断で芦ノ湖スカイライン経由となった。

国原さんと私は御殿場でYVTモービル軍団と別れ東名高速にて首都高に向かった。

− 我ら無線仲間 -

 小池さんは会社を卒業されるが、無線仲間としては何時でも会えるし今まで通り、あるいは今まで以上の付き合いが出来る。

小池さんの無線運用は大変アクティブだ。全国に声を聞くだけで小池さんと分かる無線仲間が大勢いる。
また運用技術の向上のためにコンテストへの参加も積極的だ。先日の飲み会ではCWにも再度チャレンジされるとか、

これからも、小池さんの元気な声とあの笑顔を電波に乗せて送り続けて下さい。


    CU AGN

感想などありましたら下記へお願します。

mljf1rwz@jarl.com


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